先週の土曜日に、新しい試みでパッチさんにお願いした今年のワークショップ、「希望」にフォーカスした半日ワークショップが満席のなかでおこなわれました。
パッチは、日本に着いたときから、「あー、このひとは、この希望というテーマを深く深く深く、考えてきてくださったのだな」と感じさせるものがありました。なぜって、ずーっとそのワークショップの進行について話しされていたし、ベテラン通訳の北村麻紀さんと食事しながらの打ち合わせでもそうでした。ありがたい。こんなにも深く応えてくださったことが。彼の誠実さが伝わってきます。今回はパッチの世界初のワークショップがおこなわれたことになります。
実際にこの、きわめて体験的なワークショップが終わってから考えると、その進行はかなりよく練られたものであることがわかります。動と静の、いい按配のバランスと順番。あくまで、「日本人の希望」に寄り添ったエクササイズと質問。そして最後の「行動宣言」に至るまで、実に参加者の意識の進行がよく考えられていることがわかります。しかも全体が「ひと肌」になっているのが、パッチのすばらしいところです。
また、参加してくださった方たちがすばらしい。おひとりおひりの人生が、やさしさと誠実さを大切にしているのが実によく感じられる。260人くらいの部屋が満席で、しかも椅子を5分前になってからとっぱらったので、みんなが車座になったりで、部屋全体が温かいもので満たされた感があります。こういうのは、そのワークショップをリードされる先生の「存在」そのものが、部屋全体に色をつける、というところがあって、パッチさんの場合は、本当に自然に温かい感じがジワーッと部屋に伝わっていくのが肌で感じられます。なかなか意図的に作ろうとして作れるものでもないのがセミナーの面白いところです。
今回は、前のブログでご紹介したように、事前に「宿題」というか「事前ワーク」みたいな指示がパッチから届いた。たとえば、「希望に関する俳句を作って」というような、希望について考えさせる内容の。
私たちが希望がなくなる、というのは、精神医学的にいえば「うつ」的な心理状態のときで、だいたい、なにもしたくなくなる。テレビさえも見ないとか。もちろん友だちにも会わないし。逆に希望がどんどこ湧いてくるとき、というのは、どんなときがあるか? というパッチの質問に、参加者から次のような答えがあった。なーるほどね・・・。
「眠くなったり、おなかがすいたとき」(確かに。人間の基本的欲求があるとき、ひとは結構しあわせだ)
「自分が、他のひとから求められている、と感じるとき」(これもすばらしい答。確かにそうだ)
「ありがとう、と言われたとき」(ひとは、こんな簡単なことで充分「希望」を感じられ、幸せにもなる)
「ひとりではなく、仲間がいることに気付いたとき」(これはあるね。特に苦しいときに、同じ境遇のひとに出会うと、本当に一息つけて救われた感じがする)
「目標に向かって輝いているひとを見たとき」(そうだ。そういうひとを見るだけで、近くにいるだけで、「希望」に感染してしまう)
どうです? すばらしい答でしょう。こういうのを聞くたびに、ワークショップは参加者がつくっているものでもある、とも感じます。
※写真は、参加者といっしょに「おそ松君の、シェー!!」をするパッチ。こういうの、抜群にうまいし、本人が楽しんでいるのが伝わってくる。

