2年ぶりの帰国、(2ヶ月以上前の話。。。)今回は沖縄のみ3週間だった。那覇空港からモノレールに乗り、待ち合わせのジャスコで想定外の大興奮、ああ日本ってすごい、あれも食べたいこれも食べたい、あれも買いたいこれも欲しい、っていうかジャスコまるごとスーツケースに入れて行きたい。。。これ以上いると鼻血が出そうというタイミングで、真美ちゃんが私をピックアップ。
彼女の家で豆腐や納豆、もずくを食べながらニュースを見る、相変わらずの原発問題で心が痛む。沖縄は平和だ。もっとたくさんの家族がこの島に移住できることを祈る。
今回のメインは、6月5日の長男の7回忌。4歳11ヶ月で天使になった織男も、この世では11歳になるはずだった。水戸に住む母親と仙台に住む父親が法事に来た。母は”放射能?いっぱい浴びてるはずね、毎日”といって豪快に笑っていた。この人なら多少の毒も栄養にしてしまうのではというキャラクターだ、うちの母は。。。父の話では、仙台の震災直後はそれは大変だったらしい。灯油や食料を買うのに、極寒の季節12時間も待たなければならなかったという。。。
半年振りに再会した次男の香男は4月で6歳になり、伊是名島の幼稚園に通い、日本語も充分話し、背がかなり伸びていたことに感動。自転車を乗り回し、折り紙を上手に折り、電話もかけてよこす。子供の成長には目を見張る。紙の上ではまったく別々の籍だが、なんとか血でつながっている家族が一同に集まった。
沖縄でも特に離島の行事は濃い。今回の法事も朝から親戚一同集まりユタが来て拝みをし、その後1日かけて軽く100人以上が焼香にやってくる。前日からのお供え物などの準備も大変だ。近所の奥様方からお婆ちゃんまで、入れ替わり立ち代わりお手伝いがやってくる。グルクン(県魚)は100匹以上揚げるし、クーブイリチー(昆布の煮しめ)も大きなたらい山盛りに作る。シブイ(冬瓜)とテビチ(豚足)のお汁は直径70cmの鍋にたっぷり、アガラシ(黒糖かすてら)は直径50cmはあるだろう。その他ジーマミードーフ(落花生豆腐)、ムーチー(もち)、もずく酢、ラフテー(豚の三枚肉の煮物)、等々。。。ずっとずっと台所に立ち続けて、腰が立たなくなるほど疲れたさ〜。
梅雨も明けた沖縄の美しい海を眺め、心温まる友人との旧交を楽しみ、私と香男はまたギリシャの我が家へと向かった。次回は必ず本州を訪ねよう、ちばりよ〜ニッポン!

